2019新国 椿姫の外国人キャストが曲者な件について

新国立劇場 2019年11・12月に行われる予定の椿姫のキャストは主役が曲者揃いです。

「曲者」とは、辞書では
『一筋縄ではいかない人』、『ひとくせある人』
という意味ですが、正にこの意味の通り、
一見上手そうに聴こえるけお、実はよく聴くと一癖あり、
これをいい声、上手い歌手と言って良いのか疑問符がつく。
ということですね。

ではキャストを見てみましょう。

 

 

<キャスト>

 

【ヴィオレッタ】ミルト・パパタナシュ
【アルフレード】イヴァン・アヨン・リヴァス
【ジェルモン】須藤慎吾
【フローラ】小林由佳
【ガストン子爵】小原啓楼
【ドゥフォール男爵】成田博之
【ドビニー侯爵】北川辰彦
【医師グランヴィル】久保田真澄
【アンニーナ】増田弥生

 

 

まず日本人で主役に抜擢されている須藤氏ですが、
最近の演奏がないのでここでは分析をせずに保留します。
なお、2年前のリゴレットのハイライト映像は以下のような感じです。

 

 

 

◆アルフレード役
Iván Ayón Rivas

 

プッチーニ ラ・ボエーム Che gelida Manina

なんとなく聴いてると良い声そうだし、高音も良いポジションにハマっているように聴こえるのですが、ハッキリえってかなり酷い歌い方です。

ではどこがダメなのか順を追って分析してみましょう。

 

❶レガートで歌えない

このアリアは最初の9音が同じ音(As)なので、
ここを聴いただけでレガートで歌える歌手と、そうでない歌手の区別ができてしまいます。

アヨン リヴァスの場合
「Che gelida manina Se la 」が同じ音で歌われる中で、
極端なはなし、最後の「Se la」以外全部ぶつ切り状態です。
更に、その続きの「lasci riscaldar」全て1音づつ千切り状態で
特に「riscaldar」頭の”r”は辛うじてわかりますが、
途中の”l”と語尾の”r”は区別がつきません。
こんな感じで、レガートという面で聴くと、1曲全て見て行けば、ほぼ赤ペンチェックが入る勢いなのがわかると思います。

 

❷アペルトな声の典型

アヨン リヴァスの声は典型的なアペルトです。
まず、低音と高音で響きの質が全く違うこと

分かり易いのは
(1:36~)の「chi son, e che faccio」という高音で歌う部分
「son」を高いBの音で伸ばす時の口のフォームを見ても明らかに横に開いていますし、その後の「faccio」なんかは全く締まりのない垂れ流しの声です。
そして、彼のピアノの表現も、響きが正しく集まらないのでピアノではただ音が小さくなるだけで響きが失われてしまうのです。

更に言えば、伸ばす時に無駄なヴィブラートがかかります。
上記の部分もそうですが、顕著なのは
(2:50~)「l’anima ho milionaria」の最後の音。
これは”a”母音でFの音なのですが、五線の一番上のFの音は、
一般的なテノールにとってはパッサージョと呼ばれる部分で、
ここでアペルトに出すと、開けっ広げで制御のできない声になります。
そして大抵の場合無駄なヴィブラートが掛かるのですが、
アヨン リヴァスのこの部分は、悪い演奏の模範として絶好の材料と言えるのではないかと思えるほど、見事なアペルトです。

 

 

➌ズリ上げように歌う

このアリアで注目されるのはどうしても最後のハイCでどんな声が出るかです。
そして、アヨン リヴァスは上述のことを踏まえて聴いて頂ければ、残念としか言いようのないハイC、続くBを出していることがわかります。

(4:04~)「la dolce speranza!」
「spe」でアペルトであるがゆえにズリ上げるしかCまで届かず、
明らかに変なポジションに入ってる声になってしまっています。
そして続くBの音の「ra」は致命的で、長2度下の音を歌うのにしゃくりあげるような歌い方になっています。
これは結局のところ、息の流れでレガートに歌えないので、
1音1音声で歌っているという証左に他なりません。
ただ次の音が2度下行するのではなく、Cの次にもう一度Bを出し直す感覚の違いと言えば伝わり易いでしょうか。
中音域であればあまり違いが分からないかもしれませんが、高音になると、レガートで歌えるか否かでこれ程の段差がついてしまいます。

 

ちなみに、私がここを歌うとこんな感じ

アヨン リヴァスとはちょっと言葉の付け方が違ってましたがご了承ください。

 

 

あくまでこれは過去の演奏ですから、
もしかしたら来日する時には改善されているかもしれません。
とは言え、このような歌い方の歌手がそうそう悪い癖を克服できるとも考え難いので、持っている声が美声なだけに曲者テノールという位置づけにすることにしました。

 

 

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◆ヴィオレッタ役
Myrtò Papatanasiu

 

プッチーニ ジャンニ・スキッキ Oh mio babbino caro

細く美しい声を自在のディナーミクでコントロールする技術があり、
ヴィオレッタを歌うに相応しい容姿も兼ね備えている。
コレは理想的なヴィオレッタになるんじゃないか!

 

と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
やっぱりこの人も癖が強いので、そこを少し書いてみようと思います。

 

❶語頭の歌い出しが甘い

この人の歌唱でとにかく気になるのは、
音の頭の音がほぼ全部遅れて出て来て、途中で膨らませるような歌い方をするところ
順を追って書と

「babbino」の”bi”

「mi piace, bello」の”ce”
高音のピアニッシモは美しいのですが、完全にズリ上げてますね。

「Porta Rossa」の”Ro”と”sa”両方にアクセントがあるような歌い方をしてはいけません。

「Si’, si’,ci voglio andare!」の2回目の”si”これは伸ばしてる時に喉で押してるような響きになっています。

 

その後の高音は多少ズリ上げるような歌い方をしても許される風潮があるのでそこは割愛して、

「O Dio」は完全にアウト。”o”のズリ上げもそうですし、
”di”で伸ばしている時に揺れすぎるのもマズイですね。

最後の「pieta」は上手いんですけどねぇ・・・。

 

❷全体的に”a”母音が横に開き過ぎ

特に目立つのは
(1:11~)の「ma per buttarmi in Arno!」という部分
「アルノ川に身を投げるわ」と言っているのですが、

「buttarmi」の”ta”と「Arno」の”a”
私には相手をからかって「ば~か」と言う時の”a”の響きにしか聴こえないんですよね。
ラウレッタってそんな性格悪い役だったかしら?
音楽とは明らかに不釣り合いな響きです。

後は伸ばしている音が全部揺れるのはやっぱり発声の問題としか思えない。
今一番売れてると思われるソプラノのヨンシェヴァと比較すると、
やっぱり実力差は歴然としている。

 

 

Sonya Yoncheva

母音の響きが全て統一できていて、トスカをはじめ声に合わない役なんかも歌ってはいるけど、それでも歌唱フォームは崩れていないですね。

 

この通り、次回の新国の椿姫で来日する外国人歌手は曲者であることがわかっていただけたのではないかと思います。
こういう時こそ、日本人キャストが力を見せる時なのですが、果たしてどうなるでしょうか!?

 

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